
プロフィール
北海道出身。大学在学中にプログラマとして働き始める。1年後、東京のソフトウェア会社社長にスカウトされ、東京に移住。フリーランスとして1年間経験を積み、2006年に株式会社ゼノフィを設立。主な事業内容はシステム開発、サイト構築など。JSA-ONLINEも同社の構築によるサイトの一つ。
一日でも早くプロになりたかった
エンジニアになろうと思ったきっかけは何ですか?
14歳の時から父のノートパソコンを勝手に触って、ゲームで遊んでいました。そのうち「こんなゲームを作ってみたい」と思うようになり、独学で勉強を始めたのです。18歳の時「将来はゲームを作る仕事に就こう」と決心。ファイナルファンタジーを作った方に電話して「入社したいのですが」と聞いたら、返ってきた答えは「大学に入ってからね」。それで大学に進学することに。
大学に行っても勉強を続け、アルバイトでプログラマとして働き始めた2カ月後、大学生のまま、その会社の正社員になったのです。それでも「1日でも早く一人前になりたい」という思いが強く、4年生の時に大学を自主退学。周囲にはものすごく反対されましたが、決心は変わりませんでした。
大学をやめて社会人になってから、大きな壁はありましたか?
特に感じたことはありませんね。「働き始めたらすぐにプロとして通用するように」と思って、中学生の頃からずっと勉強してきたでしょう。社会人になった時点で、スキルは3年ぐらい経験した人と同じぐらいのレベル。だから問題はありませんでした。
ただ“プロの洗礼”はありましたね。やっぱり、趣味でプログラムを作ることと、お金をいただいて仕事をするということの差は大きい。いま思えば当然なのですが、求められるクオリティが遥かに高くなりますから。
上京したきっかけは、どんなことだったのですか?
社会人になって1年ぐらい経った頃、東京のソフトハウスの社長から連絡がありまして、わざわざ北海道まで会いに来てくれたのです。インターネットに掲載された私の記事を読んで「ぜひとも、うちの会社に」と。それで東京に移ることに決意しました。
その会社ではサイトを作る仕事を担当。大手企業のWebサイト制作が大半で、プロジェクトマネージャ(PM)を任されていました。23歳の頃です。PMの経験はゼロだったので、それまで参画したプロジェクトでマネージャーをしていた先輩たちのしていたことをそのままやってみたり、本や雑誌で得た知識を現場に落とし込んだり、の繰り返し。プロジェクトのメンバーやクライアントの反応を見て改善しながら、自分なりにベストな方法を見つけていきました。
起業に至る経緯を聞かせてください。
PMとしていくつかのプロジェクトを経験していくうちに、私の頭の中で、ある計画が固まってきました。くわしい内容はお話しできないのですが、それを実現する第一歩として、会社を興したほうがいいという結論に至りました。
起業に向け、まずはフリーランスで働こうとソフトハウスを辞め、勉強会に参加したり、人脈を広げてコネクションを作ったり。1年かけて態勢を整えてから、会社組織に切り替えました。
起業当初は自宅を事務所にして、社長である私とアルバイト一人だけ。2カ月目に登記し、5カ月目に現在のオフィスに移転しました。現在は設立して3年目、従業員は5人になりました。
起業してから、どのような仕事を手掛けてきたのですか。
オフィスを移転した頃、1千万円くらいの予算でxFrameworkPXを使った住宅系のサイトを制作しました。この時、自分のなかで、規模の大きなサイトを少人数で作る仕組みが完成したのです。これを順次バージョンアップしていったものがJSA-ONLINEに使われています。JSA-ONLINEは、通常なら20人使わないとできない工数。これを4~5人で作りました。開発費を安く抑えることができるので、お客様にとってもメリットが大きいですよね。
会社が軌道に乗っていく実感はありましたか。
う~ん、どう考えていたんでしょうね。もともと「このビジネスで稼ぐぞ」という意気込みはなくて、メインの軸からズレないように事業が順次実現できていればいいな、という感じなんです。1年目は、その準備がちゃんとできていくのが少しずつ見え始めました。
正直なところ、会社の社長になったとかいう実感は、まだありません。やっと起業が終わったというだけで、一つずつステップを踏んでいかないといけない段階ですよね。
今後の展望を聞かせてください。
今期はxFrameworkPX事業と新しい技術的な事業を行います。来期には札幌に事務所を立ち上げ、東京と札幌でxFrameworkPXを使った仕事の流れをリモートできる環境を1年かけて整えていく予定です。
会社を立ち上げた当時は、 周りから「フレームワーク事業なんて、なんてバカなことを・・・」と言われていました。でも、今はJSA-ONLINEのようにしっかりとカタチになっているでしょう。もう少し頭を絞って、工数に比べて人手が少ないところを仕組みでカバーして、一つひとつ展開していくと、予定通りの流れになるはず。「数年後には、それが形になっていればいいな」と思っています。そういう意味では軸がブレることなく目標に向かっているので、順調だといえますね。一つずつ実現して実績を着実に積み上げていけば、必ず計画を達成できると確信しています。
中長期的には、東京・札幌以外に拠点を数カ所作り、少人数でいいから各地のビジネスに合ったサービスを提供できるようにすること。売上げが伸びるところまで成長したところで僕の確認段階は終わり、最終的には海外への人の流れを作っていくのが目標です。これは夢ではなく計画ですね。






