
プロフィール
小野 和俊(おの・かずとし)さん
慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、サン・マイクロシステムズ株式会社に入社。研修終了後はアメリカ本社に移り、JavaやXMLでの開発を経験する。2000年に帰国すると株式会社アプレッソの代表取締役社長に就任。2001年データ連携のミドルウェア「DataSpider」を開発し、数々の賞を受賞する。2003年より製品開発に専念するため代表取締役副社長CTO、メインの開発エンジニアとなる。
シリコンバレーで独特のプロジェクト管理を学んだ

小野さんは新入社員研修が終了後、アメリカの本社で働くことを選びました。
「私がシリコンバレーで働きたいと思ったのは、『向こうの技術は日本より5年も進んでいる』といわれていたから。学生時代に大手シンクタンクでナレッジマネージメントシステムを開発していたのですが、いわれているほど日本の開発が遅れているようには思っていませんでした。
そこで『本当に5年も進んでいるのならば、自分の目で確かめなくては』と考え、アメリカ本社勤務の希望を出したのです。その結果、半年ほどの期間限定ではありましたが、シリコンバレーで働く機会が得られました。」
シリコンバレーでプロジェクトを経験し、多くのことを学んだといいます。中でも印象に残っているエピソードを話してくれました。
「プロジェクト管理の仕方が独特なんです。ある日、納期が迫っているのにプロジェクトの進行が遅れていて、みんながあたふたしていました。そんな状況のなか、プロジェクトマネージャー(PM)がいきなり『オフサイトミーティングに行くぞ』といい出したのです。私たちは休暇ではなく、仕事の一環としてオフサイトミーティングに。到着するとPMは『ここでみんながやることは二つある。一つはスキー、もう一つはスノボーだ』と言いました。両方とも遊びなので、衝撃を受けましたね」
ところが、そのオフサイトミーティングのおかげでプロジェクトが納期どおりに終わったそう。
「締め切りが迫ってくると徹夜してでも何とかしようという雰囲気になることもあると思います。でも、人は焦ってくると本当はしなくてもいいことまで手をつけて、かえって自分の首を絞めてしまうのですよ。

PMはそのことをちゃんと理解していて、ただ注意するのではなくリフレッシュさせることで気付かせてくれました。一度仕事から離れたことでみんな視野が広くなり、効率も上がったのです。おそらく直接そのことを注意されても、誰もわからなかったでしょう。」
また小野さんは逆に、アメリカにはない、日本の優れている点も認識することができたといいます。
「日本の誇れるところはユーザービリティーを追求している点。テレビゲームでもそうなのですが、日本のソフトはマニュアルを丁寧に読まなくてもスムーズに使えますよね。ユーザーが使いやすいように細かい配慮ができるのが、日本の素晴らしいところです。私は互いの国のいい点を取り入れて日本独自のパッケージソフトを作れないかと考え、『DataSpider』を開発しました」





